すーこう

 今朝も『歴史の喩法』を電車で読む。ずいぶん前に読んだホワイトの文章が、この本に載っていた。『表象の限界』にでていたもの。すっかり読んだ内容を忘れている。アウシュビッツの話のようなものは表象の限界を超えている。語りえないものだ、という議論をホワイトは追っている。右だろうと左だろうと、真正の歴史として語ってしまえば物語になる。アウシュビッツは物語を越えている直写性、ということらしい。初期のウィトゲンシュタインみたいに黙る他ない、ということであろうか。

 端的に全体としてあることができるのは神さまだけだが、アウシュビッツもまたその神さまとそっくりである。ホワイトはこれには異議がありそうだが、今朝はこの文の途中で職場に着いてしまった。残念。この前の文の最後に、ホワイトはこんなようなことを言っていた。右であれ左であれ中道であれ、もしかするとこれは無意味かもしれない、という可能性を排除する語りは無垢なものではありえない。そこになにがしかの道徳的、思想的なまとまりをもたせた、歴史のディシプリンによる語りは、汚辱にまみれているのであろう。

 崇高な歴史は、しかしこの事態は無意味なのかもしれない、という可能性におののきながら語られるもの、ということであろうか。アウシュビッツのように、遠い過去の歴史として片付けられないものの場合は、こうしたところが特に際立って明瞭になる。

 小池都知事は、関東大震災での朝鮮・中国人虐殺の人数があやしい、という理由で弔文を出さないことにしたらしいが、事実というものの正確さ、という考えが言ってみれば、歴史の規律・訓練による。これは反対派においても、事実の確認、という意味では同じ地平にあるかもしれない。この場合の、正確な事実は、数字ということになるが、この数字が不正確であることは、嫌悪されるべきものとなる。この不正確さへの嫌悪感は、手段的に用いられているとしても、なかなか否定しにくいように思われる。こうした闘争は、ほとんどの場合、事実の競合、という様態になってしまうが、事実はそもそもそういうものだろうか、という前提はなかなか崩れない。

 石原はアイヒマンの証言に関する話のなかで、死は数ではない。したがって、死に際して人はその人の名を呼ばれねばならない、と言っていた。しかし、シベリヤで石原が見た名前は、そういうものであったろうか。周囲に日本人がいないなかで、日本字の名前を壁に彫り付ける、という行為があったらしいが、それはほとんど祈りのようなものだった、という風に言っている。外国人がみたら、それは名前かどうかはわからない。したがって、名前によって届けられるものはひとりの個人ですらないかもしれない。名前は無意味なのであった。その無意味の可能性におののきながら彫り付けるから祈りなのであろう。

 記念碑に彫り付けられる名前や時日は、どうだろう。無意味の可能性におののいているようには今のところみえない。以前、ある寺でみた「天保の飢饉をわすれない」という立て札を思い出した。こうなると無意味かもしれないし、今や笑いの対象かもしれないが、石原がシベリヤで思った名前は、あるいはこういう感じのものであったかもしれない。名前を書けば確実にひとりが表象される、という考えは無意味ではないか、という畏れ。

 崇高、ということばはすかしていて嫌だが、その様態は詩にとっても重要ではないか、という気がする。

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愛と光の癒の会

愛と光の癒しの会

私は長い間スピリチァルな講習会に行き、その中でこれが1番必要だと感じた事があります。

それを伝えたくこの会を開催することにしました。

「意図」

参加者。そのまわにいる方々が前向きに自分らしく居れること。

そして幸せな人生をおくれること。

《内容》

?自己浄化

日々、色々な方々に会い知らずに心が疲れたり、気持ちが落ち込んだり、ネガティブになってしまったりすることがあります。

それを、もともとある自分自身に戻す。

?結界をはる

不特定多数の人の集まる建物(ホテル、宿泊施設等)また、この場所が嫌な感じがした、悪い気がある所(病院)に行ってしまった時。

これから沢山の人のいるとこに行くとき(病院など、)

上記の様な不なものが自身に入り込まない様にする

……………………………

サポート役にヒーラーさんがきてくださり、ヒーリングしながらの講習会になります。

??上記を受けた方は1年以内に水戸サロンにて

3

?除霊方法か算命学の占いどちらかを通常の半額にて受け付け致します。

パワーストーンブレスの無料ゴム交換(当日承ります)

☆お手持ちのアクセサリーの浄化(当日その場でやります。)

講習会が終りましたら、お茶会など予定しております

まだ空きがあります(*^。^*)

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会議でした。

手話サークル関係団体の学習会に関する会議でした。

色々な課題があり、今日中に決めなければならない事が多くて大変でした。

疲れたので、早く眠ります。

それでは皆さん、おやにゃり〜ん!!

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だげきとうしゅほうさくのとし

広陵・中村奨成2本塁打7打点!天理を破り決勝進出

娘ちゃんやっと寝たからスマホタイムだい

娘ちゃんやっと寝たからスマホタイムだいすけお兄さんの力強い歌声でやっぱり号泣したそしてサラちゃんに耳打ちしてるだいすけお兄さんが優しすぎてキュンキュンしましたあー元気出た風呂掃除して来よう笑

神田千里から「太平記抜書」,そして内田魯庵からも「太平記抜書」

戦国時代における宗教に関する一般向けの著書の多い神田千里氏ですが,今年の3月に集英社新書より「シリーズ本と日本史? 宣教師と『太平記』」が出版されております.この人の著書は割と読んでいるのですが,この本もまずまず面白かったです.同じことの繰り返し的な記載が少し多いかな,という印象もありましたが,内容的には普通に納得して読んでおりました.

で,読み終えてからしばらく時間が経過した,この7月に偶然読んでいた本が「気まぐれ日記」内田魯庵著でした.これは非常に面白かった.明治45年から大正元年にかけての日記だから明治天皇崩御の前後ということでの興味深さもあり,また現代にそのまま持ってきても通用するような文章もあり,薄っぺらな本でしたが,それ以上に得たものが多かった本でした.内田魯庵,ちょっと気になっております.古本,探してみようかと.

さて,その「気まぐれ日記」の9月6日の部分,これがまた気になるところでした.「新村君の『活字印刷術伝来考』」が面白かった,という内容でして,この新村君は誰なんだろう.新村出だろうか,そんなことを考えたりしたのですが,気になるのは実はその辺りではないのです.日本の印刷術で貴重なものはエズイット版のものであり,その中でも「太平記抜書」が貴重なものの一つである,とそんなことを書いている.

で,ここからは引用.

「之に就いて憶起すは内野氏所蔵の『太平記抜書』であるが,伝へ聞く処に由れば此書は本と今から二三十年前本願寺の渥美契縁師が金沢とかにて僅に八十銭にて求めたのを田中青山伯の所望に由りて割愛し,田中伯より宋槧元槧の貴重書と共に一括して内野氏の手に帰したのださうだ」.

これが内田魯庵『気まぐれ日記』による「太平記抜書」の出所な訳ですが,これが神田千里氏の著書とはちょと違う.「シリーズ本と日本史? 宣教師と『太平記』」からの引用が以下の通り.

キリシタン版『太平記抜書』は明治三十一年(一八九八),イギリスの日本公使として赴任していたアーネスト・サトウにより金沢の古書肆で発見され,昭和二十八年(一九五三),天理大学附属天理図書館に収蔵された」.

こちらの方が(おそらく)正しいというか,通説?と言っていいのでしょう.でも,内田魯庵の書いていることも(当然)嘘ではないのでしょう.となると,どう考えればいいのか.これは調べればわかることなのか.多分,素人のわたしレベルだから,こんなことを気にしているのでしょうが,実はこの疑問には答えがあるんだろうな,とも思います.でも,それをどうやって知るのか.天理大学附属天理図書館のHPからはわからなかった.あと,どんな手があるのだろうか? 少し考えてみましょう.おそらくわからないままのような気がする…….

海上自衛隊のヘリが事故ったみたいだが、

海上自衛隊のヘリが事故ったみたいだが、左寄りな方はヘリも飛ばすの禁止!危ないから!って言うのかな。というか言わないと筋が通らないよな?